某アカウント
久しぶりに更新です。今更な話を書きます。
今月19日から入院していました。23日に手術して今は落ち着いてます。
切迫することではないので手術内容は書きません。
Twitterで、某脱会相談所を名乗るアカウントがありました。御本尊様不敬から、日蓮正宗の御書を破りTwitter上に載せていました。
しまいに「早く○ぬよう御祈念します」などと呟く。
許せませんでした。当然、御住職には御伝えしましたし画像はスクショして御住職に送ってあります。御住職は「宗務院に報告します」と言っていました。
御住職と話した時に、「こういう事をする人に正法に縁できるように御祈念するのは大切ですが相手が「やりません」と言ったのなら、それ以上何も言わなくていいです。いつか気づく時がきます。仏法は布施とは違いますよ。」
「日蓮正宗で信心がしたいです。幸せになりたいです、と言っている人がいるなら正宗は受け入れます。以前にも話した事があったね?」
「それに御本尊を不敬したり御本尊を高い金額で買い取ったりなんて、まともな人じゃないことは分かるでしょう?」と言っていました。
私は不敬を懺悔してほしい、やっている事の重大さを認識してほしいとばかり思い祈ったり悲しかったり腹立たしさを覚えて、そのままの気持ちで御本尊様に祈っていました。
だけど、それでは何も変わらないのだと感じ今、目の前にあることをしっかりやろうと思いました。
今は百箇日唱題期間です。惑わされないように、唱題頑張っていきます。
某アカウント、鍵かかってて見れなくなってました(・・;)
百日唱題行
己心の魔に負けそうになりながらも続けています。母もしっかり2時間唱題しています。
先日の彼岸会に母と参詣しました。
私は、ずっと母には父の塔婆を立ててほしかったんです。
縁があって嫁いだのだから、父とは、あんな形で別れたのだから
母も苦しい、悲しい思いをしました。
父は自死を選ぶほど苦しくてツラかった筈です。
今でも苦しいところにいる筈です。
何度も生死を繰り返し、次に人として生まれ変わったら正法に出会えるように御祈念していきます。
偉そうに書いてますが、私も死に振り切りそうになります。全て投げ出したいと考えることもあります。
御住職は「信心は仏様の心を信じること」だと教えてくれました。
「仏様を見失ってはいけない」
「悲しい時、楽しい時も南妙法蓮華経と唱えるんだよ。」
と教えてくれます。
獅子の子
ここ数日間、モヤモヤしてました。
Twitterのことで。スルー出来れば良かったんですけど、出来ませんでした。
一昨日、参詣に行き御住職様と話したところ
「相手と同じ土俵に立ったらいけないよ」
「色々言う人がいるけど子犬が吠えてると思えばいいの、僕達は大聖人様の弟子なんだから」
「獅子王は百獣に怖ぢず、と御書にあるでしょう?」
「もしSNSをしていて返信に困ったら、どういう風に返事すれば良いか教えるから」
最後に「相手がまだ色々言うのなら、連れておいで。『御住職と話しましょう』と言いなさい。僕から話をするから。一人で抱えないの。」と…。
慈悲に満ちた振る舞いに一人で感激してました。
すんごい幸せでした。
折伏頑張ります。
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コロナが忍び寄って来てます。
私達の地域でもコロナの症状が出た方がいたようで、今日明日はお寺は閉門です。
今までの当たり前が通用しなくなっていて
今更ですが参詣し勤行、唱題ができることがどれだけ有難いことなのか痛感しています。
常に危機感を持って生きなければいけない
そういう時代になってしまっているんだと自覚して、最期の瞬間まで、あとどのくらい御題目を唱えられるのか?と常に思います
油断すると、すぐに魔の餌食になるので気を引き締めていきたいです。
顕正会の会館に行きたいんですが、御住職様から止められています。
一人で行動するのはいけない、何が起こるか分からないから、と。
ただ、圧倒的に教学が足りないです。
大日蓮出版の書籍を取り寄せて研鑽に励みたいと思います。